10/26/2010

School Counselor

ハルがいるおかげで、こっちの学校のシステムというのがよくわかる。
たくさん違うところはあるけど、もうこれはかなり違うなぁと思ったのがカウセンリングシステム(というのかわからんけど)。

たとえば小さい子だと、じっと机に向かってられなかったり、注意力が散漫やったり、どうしても先生に反抗したり、そういうのは当たり前っておもってたけど、それだとカウンセリングが必要と宣告される。甥っ子もそうだったし。

で、カウンセリングはなにをするのかというと、その学生とお話をするわけですね。そのお話しから、家庭での様子とかその子の環境とか、そういうのをジャッジして、ソーシャルが必要ならソーシャルワーカーが、メンタルケアが必要ならドクターに、という診断がくだるのです。

カウンセリングで、次の段階が必要でないけど、何回もお話が必要、というケースもよくあって、甥っ子の場合はここにあてはまるわけです。

うちの連れ合いの娘さんの場合だと、中学生くらいのころにすごく荒れて、家を飛び出したり学校にいかなかったりということが続いたらしいのね。そうするとこれも学校に戻るためにはカウンセリングが必要になるわけです。

彼女の場合は、アンガーコントロールがうまくできない、という診断がおりたらしくて、特別な治療が必要ということになって、ドクターの診断をうけて安定剤をもらったりしてるわけですよ。高校なども、そういうケアができるカウンセラーがいる高校まで通うことになるのだけど、家から遠いところにあると家の前までスクールバスが迎えにきてくれるので、毎日送迎つきで学校にいくことになるのです。

成人して独立する年頃になっても、そういう履歴があると、仕事にもつきにくいだろうということで住宅手当みたのが行政からでるわけですね。だからいま結構よいアパートメントにすごく安く住んでいることができる。

彼女の場合は、ずっと同じカウンセラーに通ってて、今回の父親と私の結婚のときもパニックになっちゃって、カウンセラーのところにすっとんでいきました。こういうのは、普通、友達とか家族とかが、いろんなことが起こったときに相談にのってくれたり、話を聞いてくれたり、そういうことなんじゃないの?とすんごい不思議におもうけど、まあ、カウンセリングシステムというのがすごく一貫してあるので、こういうところがほんとに日本の社会と(学校も含めてね)違うところだなぁと、ちょっと思ったりしてました。まる。

9/18/2010

Moon Cup

こっちにきて発見した、というか京都新聞の千絵ちゃんから教えてもらった生理用品、ムーンカップ。日本では販売していないそうなんだけど、試しに取り寄せて使ってみると、まあこれが驚きの使い心地のよさだった。

毎月生理になるたびに、ナプキンやタンポンを使い捨てて使用することに感じる罪悪感、というか、世の中の成人女性は必ず生理になるわけで、いったい毎月どれくらいのタンポンやナプキンが使い捨てられるのか、その量を想像するだけでちょっと恐ろしくなってた。赤ちゃん用おむつや、近頃ではシニア用のおむつもしかり。その生産のためにつかわれる材料の消費量とか、漂白のために使われる薬品のゆくえとかもそうやけど、そりゃあ花王も笑いがとまらんで、と。

ある日、ネットで布ナプキンなるものを発見して、それも使ってみたけれど、肌荒れもしないし使い心地はいいけど、仕事場とかに使用後の布ナプキンを持ち歩くってのが、これがどうも私の抵抗感がぬぐえなかったところで。。。

でも、このムーンカップならもうナプキンとかタンポンとか買わなくてもいいし、捨てなくてもいい。使用後のものを持ち運ぶってこともしなくてもいい。体内に装着するので、嫌な匂いもしないし、第一違和感がない。むっちゃ快適。

ムーンカップの歴史を調べてみると、1930年ごろからタンポンとほぼ同時に開発されているらしいのやけど、そりゃ商売的に考えたら使い捨てのタンポンのほうがいいわけで、企業としてはムーンカップの販売には力をいれなかったらしい。なんてこと!もしムーンカップがタンポンと同じように販売されてたら、ゼッタイムーンカップのほうに人が流れるのに。生理がはじまっていらい、この何十年間の快適さを奪われてただなんて。。。

これ、日本にぜひ普及させたい。ほんまに。

埋め立てや焼却ごみから生理用品がなくなれば、どれだけごみが減るやろうか。

こういうことを考えてると、アメリカで環境負荷を少なくする生活の知恵とか商品とかも、やっぱりたくさんあるし、日本にもそれなりにたくさんある。日本のは特にキッチンで使うものとかね。アメリカの台所のオートメーションはすごいもん。コーヒーは機械で入れるもんというのが当たり前になってて、うちの甥っ子たちなんか、私がドリップのコーヒーを入れてると「なんでそんなことしてんの?」って質問するくらいやし。

そういうなのを、日本にもアメリカにも両方に広げていけたらどんなにいいやろうか、とおもう今日この頃です。

9/08/2010

Cheers! for goody old friendship.

突然、デニスがうちにやってきた。

彼はセント・キッズに住む大学の先生でインダストリアル・アートを教えている。もちろん自分自身でも絵を描いている。うちにもサムにくれた一枚が玄関脇にかざってある。

デニスと会うのは、私はこれがはじめて。いままで不思議なことに、私がNYを訪れているときには必ずセント・キッズからサムに電話が入るので、何度か話はしたことがあったんやけど。サムの友だちは遠方からの人も多いけど、いままで60年間、子どもがいても結婚はしなかった人が突如、身を固めたもんだから、こうやってお祝いにやってきてくれる。そして、必ず私に「You are fortunate」とか言ってくれる。いやいや、果報者です。って、もちろんサムが、やけど。

デニスは楽しい人やって、サムがご飯食べたあとのお皿を洗ってくれてるときに、どうやってサムと友だちになったかを教えてくれたけど、いたずらっぽく笑いながら「うちの妹のボーイフレンドやったわけよ」やって。んなんばっかりやし。

9/06/2010

J'ouvert in Brooklyn!!


9月6日はレイバーディの祭日。9月の最初の週はこのレイバーディにたくさんのイベントがあって、NYでは夏はここまででオシマイって雰囲気になる。

うちも、4日の土曜日は恒例の親族が集まるママのおうちでの"カルロスのご飯たべ"で、日曜はマンハッタンであったブラジリアンパレードをみにいった。そして日曜の夜中からはトリニダディアンにとっては待ちに待ったJ'ouvertのパレードがはじまる。

サムによると(だから確かじゃぜんぜんないけど)、J'ouvertは、もともとは農民の収穫祭やから、普通の農民の生活サイクルが早朝の4時とかなので、そんな時間から祭りが始まるらしい。

今年は、サムの三人の娘とハルと私で出かけた。朝方4時ごろ、ブルックリンミュージアム近くからはじまるパレードは、いろんなダシにのったスチールドラムとかの楽器をつんだ音楽隊がメインで、その周りについてみんなで踊りながら練り歩く。赤、緑、青、黄色とかのインクがどこからか降ってきてて、白いベビーパウダーもバフバフまかれてて、気がついたらもう髪とか顔とか服とかがえらいことになってた!

夜が明けると、いい匂いがどこからともなく。。。

通行止めになった大通りにウェストインディアン料理の屋台が並んで、そろそろ料理を提供し始める。お腹がすいたのでチキンパティをほおばりながら、車を止めたところまで歩いて帰ったけど、夜中じゅう踊って歩いてたのでもう足が棒状態やった。

パレードは夜中でみんなで踊りながら練り歩くのは、いわば予行練習みたいなもんらしく、10時すぎごろから派手な衣装の豪華絢爛ダシのパレードがはじまるということやったけど、さすがにしんどくて早々に退散してしまっけど、なかなか楽しかった。

ハルはジャパン・ディもいきたーい!とはりきってたけど、調べてみたら今年はもう7月に終わってたのね。残念。

8/11/2010

ワカメ殺人事件とカラー表示

困った。。電子書籍を読むのに、迷いに迷った挙句に年末に販売される予定のiPadを買おうと、心に決めたのに、そこで起きちゃったワカメ殺人事件。『メメント・モリ』の藤原新也のブログで紹介されていたんだけど、iPadではアップルがソフトの検閲をおこなっていて、サザエさんにでてくるワカメちゃんがお風呂上りに居間を裸で走り回るシーンが「幼児ポルノ」にあたるということで、ひっかかっているのだそう。

確かに、アジアの文化的なことなんて理解する必要があるなんて想像すらしたことないだろうアメリカならあり得る話のような気がする。アメリカ的クリーンさがいっぱいのiPadが気持ち悪くみえてくる気持ちも理解できる。実際、これでiPad買おうという気持ちが一気に盛り下がってしまったし。

だけど、その下げどまりをしているのが、「iPad」はカラー表示だってこと。

そのうち、料理本やインターネットからいろんなレシピを参考にして料理したいし、e-bookになるとそういう機会もたくさん増えるとおもうけど、kindleは白黒なんよなぁーーー。料理本、白黒はちょっとなぁーーー。

いまのタイミングでkindleのカラーがでたら、もう間違いなくkindleなんやけど、、、。

ああ、、ワカメちゃんとカラー表示がはかりの両端にそれぞれのっかってて、ぐらぐらぐらぐら。

困った、困った。

7/28/2010

ようやく・・・・



今月に入って、まず私のが届き、ついで、やぁーーーーっと娘のグリーンカードが届いた!K1ビザだったので、米国に入ってから永住権が降りるまでが一番早いと聞いていたけど、7ヶ月かかりました。

追加の書類は、娘の扶養証明(ビザ申請から数えると、3回くらい同じ書類を出したよ)と、私の日本での出生証明だけ。K1ビザをおろしてもらうときにくらべると、ストレスも少なくて、はやかったなぁという感覚。

ビザのときは日本を離れる準備はとうにできているのに、ビザだけが問題で、ハルは学校も中途半端で、いつ渡米できるのかがわかんない状態が1年くらい続いたから、それがたいへんなストレスだった。

集める書類じたいは難しいものはないんだけど、まあ時間のかかること。身元調査をしているんだろうけれど、実態は単なる引っ越しなのに、国境を越えるというだけで、何のための身元調査がこんなに必要なのかとおおいに考えさせられた。

そんなこんなで、やっと手元にとどいたグリーンカードをみると、韓国という国籍はどこにも書いてない。「Countory of Birth」としてJapanとなっているだけ。私の身分を証明するものに「日本」とかかれたのはこれがはじめて。

なんか、生まれてこのかた、ずーっと日本で韓国籍をもって外国人として暮らしていたのに、米国のグリーンカードには私が韓国国籍であることなんか、どこにもちっとも触れてない。。。。
なんかすごく拍子抜けでした。

同封されていた案内書には「Congratulation! Welcome to United State・・・」と書かれてあり、なんだかその言葉をみていると、なにがCongratulationなの?ただ、日本から米国に引っ越しましたよと書類手続きしただけじゃない、、、と、なんというか妙な気分でした。

いままでサンザン、山ほどの書類を書き、証明書を提出し、米大使館に一回20ドルも払って問い合わせをし、身体検査を受け、犯罪者証明をとるのに警察で十指の指紋をとられ、それを日本に残してきて、、、、と疑われつづけ、身元検査をされつづけたのですが、書類が通るとCongratulation! Welcome! です。

このことで実感したのは、これが内と外の境界をわたるということなんだ、ということ。

いまさらやけど、肉眼では飛行機からも衛星からも見えない国境という境界は、やっぱり確かに存在してて、私はいま外からアメリカの国境のソトからウチに入ってきたんだ。ただ通り過ぎる旅行者ではなく、ウチの人として暮らすために、無事、国境を越えることができた、そのことへのCongratulation!だったんだと、そういう妙な気分を味わいました。




7/20/2010

豆本、つくってみたいなぁ。

ハルと一緒につくって、売ろうかしらん。あ、そうだ、誕生日のお祝いなんかにちょうどいいかも。

7/14/2010

グローバル市場への抵抗の息吹、ハイチの農民運動


震災を機に、ハイチに真の意味での主権を!
食糧主権という言葉がある。自分たちの文化を尊重し、社会的、経済的に自律する農業を営み、国内で消費する食料を自らがコントロールする権利、という意味だ。先進国が推し進める自由市場主義からの脱却をめざして、南米やアフリカ諸国を中心に食糧主権を憲法に明記する国々も増えてきた。日本では、食料自給率は約40%程度。全国民が消費するカロリーの半分以上を外国からの輸入に頼っているのが現状。食は人間が生きていく基本であるのに、半分以上をよその国に頼らないといけないという状態では、残念ながら日本は食糧主権を保持している国だとは言いがたい。 今年1月に大地震にみまわれたハイチは、諸外国の支援をうけて復興のさなかにある。米国からはハイチを自由貿易市場にし、経済を復興しようという計画もでてきた。しかしその経済復興は果たして誰のための経済復興なのだろうか? いま、自由市場が支援という美しい衣を着て新たな餌食を我が物にしようというそのまっただなかで、ハイチの農民運動が声を上げている。いまこそ、ハイチに食糧主権を主張するときだ、と。 翻訳/前書:金 克美(キム・クンミ)/TUP

時計はリセットされた

シャバン・ジャン・バティストへのインタビュー第一部
 
ビバリー・ベル   2010年3月4日
 
シャバン・ジャン・バティストはパパイ農民運動(Movman Peyizan Papay、クレオールの頭字語でMPP)の事務局長であり、パパイ議会国家農民運動(Mouvman peyizan Nasyonal Kongre` Papay、[略称]MPNKP)のスポークスマンである。先月、セントラル・プラトゥーの広大で肥沃な耕作地帯の一角にあるMPPのトレーニングセンターでこのインタビューを行った。ここでは農民たちが環境によい農作を演習したり、食糧主権について学んでいる。食糧主権は小規模農家運動がハイチおよび世界中で提唱している地産地消プログラムである。食糧主権には、食品輸入の際に関税をかけることで国内市場を保護するとともに、土地改革、在来種、そして技術と環境のサポートを必要とする。また、貿易と開発政策の形成に、市民の民主的な参加が必要である。
 
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シャバン・ジャン・バティスト:私たちはこの大惨事を機会と捉えて「時計はリセットされた」と主張する必要があります。以前のハイチとは全くことなる新しいハイチを建設しなければなりません。政治的主権、食糧主権を行使するハイチ。その実現は農業を築くことから始まらねばなりません。
私たち農民は200年以上にわたり犠牲者でした。独立を得るために戦った奴隷は植民地主義者から土地を得るためにも戦いました。しかし独立を得たとき、ハイチ軍の将校たちは奴隷は奴隷のままにしておき、入植者の土地の代わりに自分たちの土地で働かせるという発想を持ちました。そのため、都市で生活する者と田舎で暮らす者とに、また豊かな者と貧しいものとに二分されることになりました。そして小さな国の中で、ポルトー・プランス共和国*と「その外部」の共和国という二つの国ができました。「その外部」とは人口の80%をさします。
 
*[ポルトー・プランス Port-au-Princeはハイチの首都]
 
出生証明書まで二つあるのです。ひとつは農民のものと、もうひとつは街の人々のものです。アリスティード大統領の第一期のとき、それを一つにするように要望しました。
 
ほとんどすべての行政業務がポルトー・プランスに集中していました。パスポートが必要なら、身分証明証が必要なら、子どもを大学に行かせる必要があれば……行くところはポルトー・プランス共和国でした。皆が仕事を探しにくるところもまたそうでした。「外側」にはいることができないからです。「外側」には何もないからです。そうやって3百万人の都市になり、谷間に建てられた家々と、排水施設もない、ここそこに秩序なく人々が築いた一つの大きなスラムができあがりました。その結果を私たちは1月12日に見ました。よその国ではもっとひどい地震があっても数人を失うだけです。MPPでは災害で5人の若者を失いました。彼らはポルトー・プランスにある大学にいたからです。教育を受けたかったがために命を失いました。
 
徐々に、国家は地方を見捨て、農民者は選挙で票が必要なときにだけ利用される周縁に追いやられた階級として取り残されました。
 
そしていま私たちには、ハイチを国際社会に支配されたモデルにする、ビル・クリントンの再建計画があります。彼らがほどこす援助は我々が望む援助ではありません。計画は、ハイチを国際輸出市場とし、自由貿易圏の労働者市場にするものです。彼らは相対的な利点について語りますが、その意味は、ハイチは単純労働力だということです。食糧援助を送ってくれるあいだはハイチ人は労働を搾取される工場で働くことになっています。この計画は私どもの農民運動計画に相反するものです。
 
これでは国の開発などできず、国民の80%を除外したもう一つのハイチをつくることになるのは明白です。だからこそ、我々MPPの目標の一つは、ジャガイモの皮むきをして働くためにポルトー・プランスに行かなければならない代わりに、地方を人々が住みたくなる楽園にすることです。
 
農村環境での雇用を生む、農民を中心にした開発は若者を地方に引き止めるでしょう。また、地震の後に農村地域へ大量に移動した人々の一部を留め置くでしょう。彼らの多くは「留まりたいけれど、働かなければならない」と言います。ポルトー・プランスの一極集中を廃し、農業を確立することで、それは実現可能です。田舎にできることが他にもあります。たとえば、地震にみまわれた場所は再建しなければならず、建設資材は農村部門でまかなうことができるでしょう。電気があれば、学校があれば、ここで働くことができるなら、ポルトー・プランスに行かなければならない理由は誰にもありません。
 
私たちは農民と家族農業を増強し農村地域で食物を生産するためのプログラムを立ち上げることができます。現在は人口の40%が食べられるほどをやっと生産していますが、ハイチの国土には、全国民に十分な食糧を生産し、あまつさえ輸出もできるほどの潜在力があります。これにはハイチ人に土地を利用する権利を与え、治安をまかせ、そして、有機農法、いわゆるアグロエコロジーを発展させる支援から始めなければなりません。
 
これらに必要な政策は食糧主権の所有です。まず家族のために次いで地域市場のために作物を育て、さらには次世代の母となる地球と環境とを尊重する形で健康的な食物を育てていくために、国が独自の農業政策を決定する権利を持つことです。
 
現在、ハイチは本質的に農業国であるにしても、ドミニカ共和国に完全に依存しています。ほとんどの鶏卵、バナナや他のものもドミニカから手に入れています。同じ新自由主義(グローバリゼーションの自由貿易政策)をとっていても、ドミニカ共和国には確固たる自治権があります。たとえば、ドミニカは米の自主生産を決定し、マイアミ米(輸入米)と古着の輸入を拒否しました。そうなるような方策を実施しました。私たちはといえば、自由貿易政策により輸入品で自らの市場をあふれさせました。農業は破壊されてしまいました。
 
私たちに必要なのは食糧問題を扱う農民組織です。課題は牧牛や統合水管理、そして有機殺虫剤および有機肥料生産を含む農業生産です。そういうことを続けていくつもりですが、たった今現在は都市からの避難民に食糧を提供し世話をしているため、直近の優先順位はいくつか変えなければならないでしょう。
 
私たちはシードバンク**の設立し、クレオールの種子を貯蔵できるサイロを持つ必要があります。土地固有の有機的な種子は食糧主権の根幹の一部です。現在、アメリカ大陸の国々からの、特にモンサント社***が遺伝子操作した種を生産するためにすでに開発した大農場を持っている米国、ブラジル、アルゼンチンからくる危機があります。もしこれらの種子がハイチに送られはじめたら、それは200年以上も前に独立し自分たちの種を守ってきた農民の死を意味します。ハイチ人にとって、地元の種子を購入するのが喫緊の課題です。農民たちは3月15日までにマメと野菜の種を購入しなければならないと言っています。黒エンドウなら、二ヶ月で食べられるようになります。
 
**[土地固有の種子を収集し保存するシステム]
***[種苗会社として世界最大の巨大企業。 近年では自社製除草剤ラウンドアップに耐性のある遺伝子操作種ラウンドアップ・レディのトウモロコシなどで知られる。モンサント社製の除草剤を大量散布しても、その除草剤に耐性のある種のみが枯れずに育つという仕組み。農家は除草剤と種子の両方を購入しなければならない。ベトナム戦争時に、ジャングルに潜むゲリラを見つけるためと大量散布された枯葉剤を生産した企業としても有名]
 
私たちが直面している危険とはなんでしょう。それは米国国際開発庁(USAID)や他から受けている食糧援助が国内に投げ込まれている事実です。この現在の危機の間は食糧援助が不可欠であることには異論ありません。早急に食糧を得なければならないという緊急事態ですが、同時に食糧生産にとっても緊急事態です。6週間後には収穫を始める野菜をお見せできるでしょう。6ヵ月以内に食糧援助を減らし始める必要があり、そうすれば農民の生産で国民を食べさせることができます。もちろんそれには灌漑への多くの支援を必要をします。
 
不可欠なのは農民が自分の土地の主となり管理者になれるような農業改革です。アメリカ人、フランス人、またはスイス人がハイチの土地の大区画を所有しているので、それは不可能です。土地は、そこで働く農民によって所有されなければなりません。そして彼らが死ぬときには子孫に残すことが可能であるべきです。土地と共に、信用取引、技術補助、そして生産物を売るための市場が必要です。
 
もし食糧でハイチを助けたいと望むみなさんには、ぜひ農家の生産に関することで援助してくださいと伝えています。我々には水管理が、貯水槽が、道具類が、技術的な支援が、地方に大学を持つための援助が必要です。そして自由貿易政策を変える必要があります。しかし、4~5年で我々は食糧生産の主権者となれるはずです。
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原文 マイケル・ムーア.comより 2010年3月4日掲載
 
原題 The Clock Is Set at Zero
An interview with Chavannes Jean-Baptiste, part 1
 
著者 Beverly Bell
 
ビバリー・ベルは政策研究所(the Institute for Policy
Studies)の準研究員であり、エコノミック・ジャスティス・グループ・アザーワールドの主催者です。
 

6/24/2010

Immigrant farmerと外国人農業労働研修者

今ニュースクールでとってるクラスのリサーチに、New Farmer Deveropment ProjectのImmigrant Farmerをとりあげることにした

減少傾向にある都市近郊の小農家の後継者支援プロジェクトなんやけど、NYCの環境局とJustFoodとかのNGOが協力してやってるプロジェクト。

About NFDP
http://www.cenyc.org/greenmarket/nfdp
http://vivo.cornell.edu/individual/vivo/individual16251
http://www.immigrantfarming.org/_webapp_2767305/New_Farmer_Development_Project

それと、対照的やなぁと思ったのが、日本の外国人農業研修者制度。

松平さんの報告 農業の実態 によると、低所得で人気のない農業に労働力として外国人、主には中国からの「研修生」を受け入れて、農家で働いてもらう、というもの。やはりここでも「研修」という名前の体のよい労働力になっているような。。。でも、もともと天候や季節によって働く時間が決まる農家に、時間外労働とかという概念があてはまるんやろうか? 報告の中では、契約以外の近所のいちご農家とかに手伝いにいかされるとかあったけど、村落のなかでどうやって仕事がなりたってるかというのは、年での工場労働とかとは全然ちがうわけやから、その辺をどうやって考えるか、というところも大切なところやと思う。これは一度松平さんに会って、聞いてみなければ、やわ。

6/19/2010

Kevin Ovenden, FreeGaza, talked about Israel's attack on aid ship

木曜日の夜、ブルックリンの古い教会でひらかれた集会にいってきました。集会では、ガザ支援船に乗船していたフリーガザムーブメントのメンバーの話しがあり、船のなかで撮影された映像も流されました。

この教会は、日ごろからブルックリンのこの地域でさまざまな社会運動を積極的に行ってきた場所で、代表者のハーバート・ドートリーさんはサムのユニオン、TWUのロジャー・トゥーサンが2005年のデモの責任問題で投獄されたときに、釈放を訴えサポートしてきた人だそう

参加者は約150人くらい。教会自体がそれほど大きな建物ではないので、一階と二階の席がほぼ満席という感じでした。それでも取材が多かったのが目立ってました。教会に入る前から二つくらいのカメラクルーがいましたし、中には10台ほどのカメラが稼動していました。

パレスチナ系英国人のケビンさん(写真)のお話しはとても力強いもので、印象に残っているのは、暴力に反対する人たちは、どこの国籍であれみな協力し合っていること、それがとても大きな力になること、イスラエルがガザの包囲を強行しても、ガザの人々への支援に暴力で襲い掛かっても、何度でも何度でも物資をもってガザに行き、人々への支援を続けるということが、イスラエルの包囲をとき、また暴力に勝つことなんだと語られたことでした。

そのあと、イアラ・リーさんが編集された、船のなかでのビデオの上映がありました。映像では、銃の音などが聞こえ、ヘリコプターで乗り込んでくる兵士、負傷した人々、イスラエルへ拿捕されていく様子などがありました。銃撃戦のような生々しい場面はなかったものの、一緒にいったハルはたいへんショックを受けたようで、「なんでイスラエルはあんなことすんの? あんなことしたらあかんやんって誰もが思うことやのに、なんでなんでわからへんの? なんでイスラエルの人はガザの人を閉じ込めてんの? ガザって何しはったん?」と、質問の嵐でした。

会場になった教会のあるブルックリンは、少し離れたところに大きなユダヤ人コミュニティがあるところで、昨日、一番最初にお話しされた教会の代表者のDaughtryさんは、「憎むべきは暴力であって、人々ではない。イスラエル政府の暴力は許しがたいが、このことでユダヤ人を憎むべきではないし、また、イスラエルへの抗議が反ユダヤ人になると考え、政府の暴力に口をつぐむことがあってはならない。この教会は地域の人々のためにあるもので、そのためにこういう会もここで行うのだし、イスラエルの人々にも、パレスチナの人々にも黒人にも白人にもヒスパニックにもアジア人にも、誰にも門戸をひらいている」と話されて、会場はスタンディングオベーションで応えていました。

とにかく支援を絶えずつづけていくことが、大きな力になるということを信じて、それを実行に移している人たちがここにいるんやって知るのは、とても勇気付けられることでした。

多くの人には届きにくい声を伝えようと地道に翻訳やってるTUPの活動も、続けることに意味があるし、絶対なんかの力になってるって思わさせてくれました。

会の最後に、現地にはいけないけれどウェブなどから参加の表明をした署名は2000人以上にのぼると報告され、TUPのメンバーやガザの支援してる人たちがメールをまわして署名集めてたことも、ちゃんと受け取ってる人たちがここにいて、そのことにみな元気をえてるんや、署名もネットのなかで空回りしてるんじゃないんやって目の当たりにできて、そんなことにもちょっと感激しました。

6/18/2010

iPad vs Kindle #2

今なら買うのはペーパーバックでしょう、という声もあり、悩みに悩んで、キンドルを2回も買い物かごのなかに入れたけど、また削除して、結局ペーパーバックを買った私。

そのうえ、重大なことに気づいたけど、キンドルはカラーじゃないやん!料理本とか絵本とか、白黒でみないといけないじゃん!!

今日はiPadをさわらしてもらって、ニューヨークタイムズを読んだけど、、、お、、おもしろい!
紙面より記事が読みやすい! ま、もとが新聞と思うと、ということだけど、記事の見出しが新聞組みになってるけど、その見出しを触ると記事の全文が読めるようになってる。
ちょうど、ブログで全文を読む場合みたいに。紙面のように、(三面に続く)とかなってて、えーっとって続きの記事をさがさなくってもいい。

それに3Gがあればwifiは使わなくってもいけるらしいので、毎月の別個契約もいらないみたいだし、悩んだ挙句、結局は、12月にはスカイプができるようにカメラがついたバージョンがでるらしいので、それまで半年あるから、毎月100ドルずつiPad貯金することにしました。。。一件落着。

6/15/2010

Kindol or iPad, Which Should I buy?



いま通ってるNew Schoolの講座で、課題本がでた。でも、こういう本を本屋さんで探すのはむずかしい。せっかく出かけても在庫がない場合が多いし、取り寄せても日数がかかり、課題の日までに読むことなんてできない。

それでamazonで注文しようかとサイトをのぞいてみたら、キンドル版がダウンロードできることがわかった。ハードカバーが16ドル、ペーパーバッグが10ドル、キンドルは9ドル。

これはそろそろ電子ブックを試してみる時期なのかも、、とiPadかキンドルか、どちらにしようかと迷いに迷った。

操作性はiPadのほうが断然よさそう! メールもネットも他のデバイスとの接続性も比べ物になりません。わからない単語を辞書で調べるのもワンタッチ。本を開くのも早いし、本棚にある本も選びやすい。

でも、高い! 最近出たWifiプラス3Gのタイプは一番容量の少ない16G  で629ドル、約6万円。プラス毎月のインターネット接続料が30ドル。

キンドルは値段がさがって259ドル。本体買ったら、それだけ。毎月の接続料はなし。それに画面が本を読むのに適している。iPadよりはきっと目がつらくない。本を読んでて、ハイライトやノートもつけやすい。

カッコよさや音楽やネットとかの他の機能を考えるとiPadのほうが、ごっつう魅力的だけど、値段がかわいくない。

本読む人はキンドルのほうが、いまは断然いいように思えてきた。

画面が違うのは大きいよ。長時間、しんどくなく読めるのは本当にうれしい。
それとバッテリー。iPadはもって一日、キンドルは一週間!

もう1つ、決定的にちがうのが、ダウンロードできる本の量
さすがにamazonの提供だけあって、キンドルは(英語の本だと)もう50万冊ちかくでてる。私が昨日探してた本も、2冊ともキンドルでダウンロード可能だった。iBookストアーは本のそろえが私には貧弱すぎ。探してもなかったし。

まあ、iPadにもキンドルのアプリをダウンロードできるので、iPad買って、amazonでキンドル仕様の本を買うこともできるけど。

私にとって決定的にありがたいのは、データベースシステム!

amazonのなかにMy Kindolを登録しておけば一回買った本は、いつでもPCとかiphoneとかにダウンロードできるし、
もし自分のキンドルが壊れても、バックアップはamazonが管理してくれてるので、本をなくすことはない!
将来は、マンガかっても、置き場所に困ることはなくなる!!

これはやっぱり、キンドルを買うことにしよう!とサイトにいってみたら、キンドルにDX版があるんじゃん! サイズが大きくて文字も見やすそう!! でも500ドルちかくする! あーー、また迷う。。。。

6/11/2010

Norwood CSA

今週からCSAの野菜が届く。CSAはCommunity Support Agricultureの略で、JustFoodというNGOのプログラム。ニューヨークの近郊農家がつくった野菜を市内で販売する、というもの。

京都のときにはいってた安全農産の野菜ボックスみたいなものやけど、必ずどこかのグループに入らないといけないのと、入った人はそのシーズン中に最低4時間はボランティアをしないといけない。幸いブロンクスにもいろいろグループがあって、近くのノーフォークでやってるグループをみつけたので、早速加入した。

CSAはワンシーズンごとに申し込まないといけないけど、私が申し込んだのはシングル(3-4人)の半分のスプレッドシングル。写真が一回の量。こういう感じで21週間、11月ごろまで?野菜が届く。他にも卵と果物とヨーグルトとチーズを申し込める。

普段は、グループのメンバーのMLがあって、みんなそれで連絡をとる。「7時までとりにいけそうにないので、誰か私の預かってくれない? 8時過ぎにはとりにいけるので」とか、「思ったより量が多いので、ヨーグルトとチーズをシェアできる人、いませんか?」とか。野菜が届く前にグループのみんなで集まって、いつボランティアにこれるかとか調整したり、それぞれの自己紹介したりして、近所を知るのに引っ越ししたばかりの私にはよいきっかけになった。

それにしても、きのうはミントがあったんだけど、ミントってどうやって料理すんの??

6/06/2010

Mom's gerden

サムのママんちの庭を借りて作った畑。一番奥はぶどう棚、それからトマト、バジル、ラディッシュ、じゃがいも、とうがらし、コリアンダーを植えた。

ママはトリニダードで倒れていらい、まだ家には戻れないけれど、この家はいつも誰かがいてるし、みんなでかわりばんこに水をあげてくれるから助かる。

ガレージの奥にあるもうひとつのほうの庭は、奥の家に大きな木があって、日当たりがよくない。それでも少しのハーブとトウモロコシとおナスを植えた。

収穫ってどれくらいできるもんなんだろうか、まったく見当もつかないけど、畑の作業をしているときには、よく槌田さんが言っていたことを思い出す。雑草を憎いとおもって抜いたらあかんよ、こっちの都合なんやから、とか、ほんまは雑草なんかないんですよ、とか、ね。

5/27/2010

初オーケストラ

ハルのはじめてのオーケストラコンサート。一人での演奏発表会のときは、みてるこっちがどきどきしたけど、オーケストラだと案外安心してみてられるもんでした。

写真に写ってない向かって左側はバイオリンがずらりと並んでいた。ハルは奥の、後ろのほうに座っているのでどれがハルだかわかんないね。

一番よかったのはファンタジアからタイの王国の曲やけど、そんな曲あったっけ?と思うくらい聞いたことがなかった。 でも、学生たちも一番楽しんでたし、みていたTUAも「うわー、ちょーかっこいいー」と少し年上のオーケストラを憧れのまなざしでみてました。

5/22/2010

はるかによい

つくるつもりじゃなかったのに、液体石鹸をつくってしまい、これがまたすごく使い心地がいいので、いくつか小分けにして周りの人にあげようということに。

それで容器を買いにいったのだけど、ちょうどよい感じの入れものをみつけた。その名も「はるかによい」。

なんという名前、と思って裏をみてみると、これまた壮絶な日本語。

・超安全な上
 旅行のために携帯しなさい
・明確な容器は中あるものが見ることを可能にする

と書いてある! 超google翻訳なんだけど、そのまま商品パッケージになってるところがすごい。なんでこんなことがおきるのかちょっと考えてみたくなるくらい。

この日本語じゃ、あきらかに日本向けの商品じゃないわけなのに、ほかにいっさいの言語での説明はないの。その昔、Tシャツとかかばんとかに、英語になってない英語が書かれていたのとちょうど同じような現象なのか?日本語っぽい字が(それもMUJIっぽいデザインで)書いてあるは、「日本、MUJI」がすでにそれだけでブランドになってるということ?・・・なんだろうね、たぶん。

日本といえば、自動車、電化製品、マンガ、ゲーム、そしてユニクロにMUJI。アジアのなかでもお金持ち国、というのがブランドになって久しいけれど、その現象をこうやってみつけるとなんか変な感じです、やっぱり。


5/21/2010

Dalai Lama

Jinちゃんのオフィスのオーナーの奥さんのいとこ、という近いような遠い関係の人がチベット仏教の僧だということがわかった。全然西欧人なのに、なにゆえチベット仏教の僧になったのかは興味深々なんだけど、そのジョージさんは舞台中央(ダライラマが鎮座されているところ)に向かって左側に座っていた。そのジョージさんにラジオ・シティホールで、ダライラマのお話しを聞くチケットをいただいたので、ジンちゃんと参加。

ダライラマといえば、2000年に京都精華大学でお目にかかって以来。少しお年を召されたなという感じはしたけど、声や、ときおりまぜるジョークや、自分のジョークにくっくっと笑うかんじなんかはそのままでした。

精華のときとちがって、今回は経典の解説のみ。会場からの質問とかは一切なし。「空」という概念についていろいろと説明されていた(ように思う)。しかし、英語で仏教概念をきくのはほんとに難しい。ま、仏教概念だけじゃないけどね。うん。

#精華のネイチャーメッセージとしてダライ・ラマのお話しとか学生に向けてのメッセージとかがあったのだけど、もうサイトのなかには見つからない。残念。
だけど、http://www.kuniomi.gr.jp/geki/ryu/kyodarai.html にテキストが落としてあった。感謝。

5/15/2010

カブトガニの産卵 Japanese horseshoe crab

気持ちのいい日だったので、ハルとまたもやビーチで朝ごはん。朝、8時ごろの海岸はうーんと引き潮で、午後みるのとはちょっと雰囲気がちがう。

海岸をあるいていると、なにかをひきずったような跡があちらこちらにみられる。なんだろうと跡をたとってみると、なんとカブトガニの産卵!

それもビーチのあちこちに!

だいたいは写真のようにメスのうえにオスがのっかっていて、もうピクリとも動かない。死んでいるのだろうか?卵はメスの体の下にあるのだろうか?一対だけ、まだ足を動かしていたのもいたけれど、この子たちはこのままここにいて、満潮になったら海がつれてってくれるのだろうか?

疑問がいっぱいの朝だった。


5/07/2010

手作りバイク Handmide byke

オーチャードビーチまではじめて自転車できてみた。行きは少し道に迷ったりして時間がかかったけど、30分以内でこれる。それにバイシクル・ロードがあって、City Islandにはいると山の中を走るのでとても気持ちがいい。

写真はすべてお手製の自転車? エンジンのようなものもついてたけど、ラジオもついてておもしろかった。

写真とっていい?ときくとにんまり笑ってポーズをとってくれた。

5/04/2010

TWU Rally


夕方から、TWUのラリーに参加するサムにくっついてきた。MTAが提示する500人の解雇と学生の無料パス制度廃止に反対するラリー。今日はジェシー・ジャクソンが演説にきていた。

通りで会ったサムの同僚がラリー途中で帰る様子だったので、聞いてみるとジェシー・ジャクソンの演説にがっかりしたとのこと。先日おこなわれたワシントンでの演説と全く同じだったからだって。

サムに言わすと、前のユニオン代表だったロジャー・トゥーサンがインターナショナルに移って、新しくサミュエルソンが代表になってから活気がなくなったらしい。

初めて一緒にラリーにきたけど、ちょっとやっぱり活気にかけるような気もしたのは、サムの影響のせいか。。